V.キミを運ぶ優しさ



坂本君と別れて数分。
人通りの多い大通りに出ていた。
フラフラと歩きながら一つの事を考えていた。

自分に会ってみたい。

これまでみんなに会ってきて漠然とそう思っていたが、
坂本君の料理を食べてより一層強く思う。
でも、手持ちのお金ではどう考えても大阪まで行けない。
せいぜい行けても3分の2までといった所。
何かいい方法がないかと考えながら歩いている途中で公園を通りかかった。
公園内の一人に目が止まり、思いついた。
善は急げだ。さっそく近づき話しかける。
「あの…」
帽子を被った同じぐらいの歳の男性。
「はい、何ですか?」
(あれ…?この声)
俺の声に気付き、帽子の奥のタレ目と合い確信した。
「大野君?」
「え!?」
帽子の奥の目が驚きで見開いた。
間違いない嵐の大野君だ。
でも、今は彼はアイドルだが、俺は一般人。
普通には話しかけられない。
すぐさま言おうとしたことを脳内で変換する。
「いつもテレビで見てます。頑張ってください」
いかにも偶然会った一般人を装う。
「ありがとうございます」
おっとりとした雰囲気の笑顔で返す。
何だか大野君ファンになった気分。
普通ならそこで会話が終わるが、今回は終わらせるわけにはいかない。
この公園では見た感じ、“アレ”を持っているのは大野君一人しかいないから。
「あの…」
「はい」
大野君が向かっている“アレ”を指をさして言う。
「スケッチブックの紙一枚頂けないですか?あと出来ればペンも一本貸して頂けないですか?」
こんな不躾なお願いにいやな表情をするかと思ったら、
「いいですよ」
二つ返事で嫌な顔一つせず、おもむろにスケッチブックの後ろの方の何も描いて無い紙をビリビリと破りだした。
「はい、それとペン」
「ありがとうございます。お借りしますね」
貰った紙に大きく“京都駅まで”と書く。
「…ヒッチハイクするんですか?」
横から覗き込む大野君が尋ねてきた。
「ええ…まぁ」
そう、俺が考えた移動手段はヒッチハイク。
曖昧な返事にも気にした様子も無く、ジッと俺の書いた物を見て
「ちょっといいですか」
と、言ってサラサラと何かを書き出した。
「はい、どうぞ」
返ってきた紙には、はっきりと読みやすく目立つように書かれた“京都駅まで”の文字。
「ヒッチハイクの看板は、はっきり見える方が引っかかりやすいですよ」
「あんな短時間で凄い…、何から何までありがとうございます」
「いいえ、京都駅まで行けるといいですね」
大野君ファンの気持ちがよく分かった。
彼は優しい。
前々から知っていたが、それが今回身に染みて分かった。
「はい、大野さんも頑張ってください」
大野君と別れて再び大通りへ向かった。


大通り、さっそくヒッチハイクにかかる。
長期持久戦も視野に入れての挑戦。
少し胸がドキドキしながら、紙を前に大阪方面に向かう車に見えるように出す。
今はもう夕暮れ時、早く着いたとしても明日の朝。
今日車が捕まらなければ、野宿。
脳裏にみんなで行った九州の旅行を思いだし、一人苦笑する。
出来ればもう野宿は勘弁して欲しい。
そんな願いを込め、紙を見えるようにと出す。

チッ、チッ、チッ

秒針の音が鳴った。
と同時に一台の車が目の前を通りすぎた瞬間。
運転席の人と目が合い、目に映るもの全てがスローモーションに動く。
通り過ぎた際の風を受け、振り返る。

キキッ

一台の車が停まった。
こんなに簡単に捕まって良いのか?と思ったがそれも一瞬。
近づいて運転してた人を見たら、その疑問も消えた。
車の窓が開き、一人の男性が改めて尋ねて来た。
「京都まで?いいよ、乗りな」
(まさかこっちに来てまで助けられるなんてね…)
ニッコリと笑顔を浮かべる長野くんに。

「そう言えば、名前なんて言うの?僕は長野博」
「岡田准一です」
もう五度目となったら慣れたもので、すんなりと言葉が出てくる。
「岡田君ね…、どうして京都駅へ?」
「実家が大阪で、突然帰りたくなって」
「あぁ…それでヒッチハイクか」
チラっと俺の手元にあった紙を見て苦笑した。
「でも、普通はもう少し近い所の地名から書かない?」
確かにそれは言えてる。
「紙が一枚しか無かったもので…」
ハハッと笑いながらハンドルを切る長野君。
もうすぐ高速に入るようだ。
「じゃあ、僕があそこを通らなかったらずっーとあそこに立ってたんだ」
「そう、ですね…」
どっか他の場所に移ったとしても、きっと捕まらないで野宿決定だったハズだ。
「長野さんは、どうして大阪へ?」
なんとなく予想できるけど一応聞いてみた。
「僕?僕は取材。こう見えてもグルメ雑誌の編集者なんだ」
確かに後ろには凄く見慣れた機材が積まれている。
「あと他に、車関係の雑誌の方で時々コラムとかも書かせてもらってるんだ」
「凄いですね。二足わらじで」
「どっちも好きだからね」
“結構欲張りなモンでね”と付け加え答える。
その会話がさっきと坂本君との会話と全く同じで、長野君の見えない所で笑ってしまった。
でも、目に見えない繋がりを感じて嬉しかった。
「じゃあ、毎日楽しいですね」
この言葉には少し困った顔をした。
「楽しいけど、やっぱ仕事だから大変なこともあるよ。
純粋に好きでいたいなら、趣味の域で止めておくべきかなって思うよ。」
「じゃあ、どうして今の仕事を?」
料金所の列で止まったことに良い事にしばし考え出した。
「さっきと矛盾してるけどやっぱり、好きだからじゃないかなー?」
どこか他人事のように言う長野君。
「言葉に表現しづらいな…。ごめんね、意味分からない説明で」
「いえ、よく分かります」
長野くんは少し俺の顔を見た後、柔らかく笑ってそれ以上は聞かなかった。
なんとなく察してくれたんだと思う。



「・・・・かだ君、岡田君」
遠くで呼ばれている声にもう戻ってきたのか?と目を開ける。
目の前に、顔を覗き込む長野君の顔。
「あれ…俺…」
出てきた擦れた声に自分が寝ていたことに気付いた。
時間は4時。
それでも外はまだ真っ暗だが、間違いなく京都駅。
ふと後ろから控えめな笑い声が聞こえ、振り返ると長野君が何故だか笑ってる。
「寝グセがついてるよ」
「え?どこ?」
「ここ」
手を伸ばして手グシで直してくれるが、
「あれ?直らない…」
「あとで洗面所で直すからいいよ」
「いや、俺が直す!」
ムキになって寝グセを直す姿が甲斐甲斐しく本当にお母さんみたいんだなと思ったら、
安心する暖かさが外にいたのにも関わらず不思議と寒さを感じさせなかった。

「送ってくれて、ありがとう」
「僕もなんか弟が出来たみたいで楽しかったよ」
笑いながら“ちょっとお眠な弟だったけど”と付け足し答える。
「あ、そうだ」
運転席の窓から上半身をつっこみ、ガサガサと動いて、何かを取り出した。
「これ、忘れてるよ。岡田君のでしょ?」
長野君の手には、健君がくれたスターチスの花。
しおれないようにと缶コーヒーの空き缶に水が入っている中に一輪挿しのように刺さっていた。
俺が起きている時にはこんな風にはなっていなかった。
たぶん長野君がやってくれたんだ。
こういうさりげない優しさが出来るような長野君は、デビュー当時から何度も救われた。
だから…
「長野君」
「ん?」
「ありがとう」
受け取った花束から一本を引き抜き、長野君に差し出し感謝の言葉を伝えた。
十年分のありがとう。
「どういたしてまして」
突然の感謝の言葉に何かを感じ取ってくれたのか素直に受け取ってくれた。

「じゃあ、また会えるといいね。その時は、一緒にご飯でも食べに行こ」
「おん、じゃあね長野君」
長野君と別れ、俺はまた歩き出す。



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