IV.ぬくもりを作り出す手



剛君と別れてから数分。
今度は神社の石段の階段を駆け上がった。
一段、二段、三段。
(そう言えば…映画の撮影の時の階段もこんな感じだっけ…)
リズミカルに階段を上るのがおもしろくなり、次第に速度をつけて駆け上がっていく。
二十段、二十一段、二十二段。
最後の方は一段飛ばしでラストスパート。
さっきまでの試合の興奮が冷めない内に。
三十二段、三十四段、三十六段、三十八段。
最後だと思って思いっきり跳び、頂上に足が着くか着かないかの寸前の所で、
「え…」

目の端に映った緑のジャージとジャージより少し長い腕に目を疑った。

「っ!?」
頂上に着き、急いで振り向いた先には眼下に広がる夕焼けに色づけられた街の景色だけで、もう姿はなかった。
ただ心地よい風が吹くだけだった。
「今のって…」
小さな呟きは、風に混ざり消えた。
でも、答えは返ってこなくても分かっていた。
(思い出からこんにちは…か。)
石段と街の景色を背に神社を後にした。
神社の境内を出て、迷路のように入り組んだ狭い道を足の向くままに行く。

チッ、チッ、チッ

四度目となる秒針の音。
どこだろうと捜している後ろで引き戸が、ガラリと音を立てて開いた。
こっちが振り向くのと、向こうがのれんをくぐって外に出てくるのと同時で、
「「・・・・」」
ばっちり同じタイミングで目が合ってしまった。
向こうは目を見開いて驚いた表情をしている。
それはこちらも同じだか、向こうは出てすぐに人がいたから驚いているけど、
こっちはその理由プラス出てきた人が、
和食料理人がよく着る作業着を着た坂本君だった。
「「・・・・」」
気まずい沈黙。
「あ、あの…!」

グゥー

「「・・・・・」」
言葉よりも先に腹の虫が鳴って更に沈黙。
いくら坂本君の前とはいえ、恥ずかしくて顔を上げられない…。
「っくく…」
坂本君の押し殺した笑い声が聞こえ顔を上げた。
顔を背けて肩が微かに小刻みに動いている。
「あの…」
ちょっと不機嫌そうな口調で言うと坂本君が気づき、笑いを止める。
「あ…笑ってしまってすみません。お詫びにウチでご飯はいかがですか?」
ちょっと茶化したような口調に聞こえたが、
元々そんなに怒っていなかったからニコッと笑いかけ答える。
「でも、もう閉店するんじゃないんですか?」
坂本君がわざわざ外に出てきたのだって、きっとのれんを降ろすため。
「構いませんよ。どうぞ」
ガラリと開けて中へ招き入れてくれる。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
店内に足を踏み入れた。
和を基調とした店内。
テーブルは5席ほどで、あとはカウンター席になっている。
小さいながらも本格的な作りで、間接照明で暖かみがある。
「お好きな席にどうぞ」
のれんを店内にかけながら言う。
選んだ席はカウンター席。
「カウンター席でよろしいんですか?」
「いいです。料理しているのを見るのも好きなんで」
坂本君の料理する姿は同じ男から見てもかっこいい。
たぶん同じ料理を同じ様に作っても、料理の味もその姿も真似出来ない。
だからこそ近くで見る価値がある。
「そうですか。それで何がよろしいですか?和食・洋食・中華・イタリアン・フレンチは大体いけますよ」
「えっ?でもここって和食のお店ですよね?」
あまりのバリエーションの多さに思わず聞き返した。
「ここの店は和食中心ですが、どれも一通り好きで覚えたんですよ」
“結構欲張りなモンで”と付け加え答える。
「はぁ…」
「どれでもいいですよ」
どれでもいいですよと言われる逆に人間困るもの。
こんな時に限って食べたいものが出てこない。
それに、坂本君の料理はどれもおいしい。
「・・・・」
明日の仕込みとかもあるから、坂本君をあまり待たせるのは迷惑だから早く決めないと。

「・・・・・」
和食・洋食・中華・イタリアン・フレンチ・・・・。

「・・・・・」
和食・洋食・中華・イタリアン・フレンチ・・・・。

「・・・・お任せします。」
「かしこまりました」
こうなると分かっていたのか、坂本君はすぐに作業にかかった。
「ここの料理人の坂本昌行って申しますが、お名前なんておっしゃるんですか?」
「岡田准一です」
よく考えたらこの自己紹介も本日四度目。
目の前では楽しそうに料理する坂本くん。
「…料理楽しいですか?」
「え?」
知らない内に出た質問に自分の方が慌てた。
「あ…いや、何か楽しそうにしているからただ単純にそう思って…」
坂本君は料理する手を止めジッと俺を見つめてから、フッと目線を手元に戻し話し始めた。
「修行中は全然楽しくなかったですよ。」
「どうして…?」
目線を俺に戻し、今度は優しい目で答える。
「ただがむしゃらに料理のテクニックとか味加減とか覚えて、
大切なことを…食べた人の笑顔を忘れていたからあの時は辛かった。」
「でも、今ここにいるって事は気付いたんですよね」
「ええ。昔『どんなにおいしい料理を作れる料理人がいても、
自分の料理を食べてもらった時の笑顔を忘れない料理人の方が優れている』って言われたんですよ。
それで俺はっとさせられたんですよ。俺は誰を相手に料理を作っているんだって。
そうしたら気持ちも軽くなって、料理することが楽しくなったんですよ」
だから、坂本君はいつでもお客の声と笑顔の見れる為に調理台をお客から見える形にしたんだ。

しばらくして、待っていた言葉がかかった。
「できましたよ」
目の前に出されたのは、白いご飯と肉じゃがとカツとみそ汁。
もう少し凝った物が出るかと思ったから、どこにでもある定食メニューに少し驚く。
でも、これは坂本君が作った物で、坂本君のお任せなんだから何か意味があるはず。
「いただきます」
「どうぞ」
みそ汁を一口。
「あ…」
普通に見た目は家庭で作るのと同じだが、味が全然違う。奥深い味。
「おいしい、家で作るみそ汁なんかよりずっとおいしい…。」
「隠し味に少しかつおダシが入ってるんです。」
みそ汁にかつおダシ。
まさにプロでなければ気付かない隠し味。
きっと隠し味に入れたかつおダシだって、丁寧にこして作った物
格が違う。
肉じゃがもかつおダシベースの少し薄味の牛肉の入った肉じゃが。
最後にカツに箸を伸ばした。
箸で掴むとサクっと音を立てるこんがりきつね色に揚がったカツを口に運ぶ。
(え…)
思わず、目の前にいる坂本君を見た。
「これって…」
それだけで何が言いたいのか分かったようで、ニコリと笑って頷いた。
「そうです。ビフカツです」
「へぇー、ビフカツなんて珍しいですね。」
こんがり揚がったビフカツを咀嚼して味わっていると、
目の前の坂本君の優しく微笑む顔が目に入り、こちらも満面の笑顔で答える。
「久しぶりの“牛”お口に合いましたか?」
「ええ!そりゃもう…」
そこまで言って言葉が止まった。
理由は坂本君の言った言葉が頭に引っかかったから
今食べているのは、ビフカツ。
でも、坂本君はビフカツと言わず、
まるで何かに気づけと言わんばかりに、わざわざ“牛”と言った。
そして、もう一度出されたメニューを見て分かった。
かつおダシが隠し味のみそ汁。
牛肉が入った少し薄味の肉じゃが。
そして、ビフカツ。

まさか…

顔を上げ、坂本君の満足そうな笑みを見て確信した。
「いつ気付いたんですか…」
「仕事柄いろんな人と会ってますから、第一声で気付きましたよ。」
こちらがポカンとしていると、坂本君はクスっと笑って話を続けた。
「関東ではビフカツはあまり食べられないですもんね。」
関東ではカツと言ったらトンカツが主流となっているが、
関西の方では今は豚の傾向もあるが、どちらかと言うとビフカツが主流。
今でも牛は関西では愛されていて、関西では牛も豚も食べることは出来るが、
関東で牛を食べたのは初めてだった。
そして坂本君はそれが分かっていて、尚かつ俺が関西出身だと気づき、
意図的にトンカツでは無くビフカツを出したんだ。

やっぱり坂本君は凄い、改めてそう思わされた。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」
財布を取り出した所で“お代はいいですよ”とストップがかかった。
「え…でも」
想像以上のものを貰ったのにお代を払わないというのは気が引ける。
「いいんですよ、元々は笑ったお詫びですから」
言われて、そうだったと思い出した。
じゃあ、せめて…と思って花束から一本を取り出し差し出した。
「気持ちだけですけど…」
少し驚いた顔をしたがすぐに優しい顔になり、受け取ってくれた。
「ありがとう」
「ごちそうさまでした」
来た時と同じように引き戸を開け、もう一度振り返る。
「またいつでも来てください」
戸口まで出て見送ってくれた坂本君と別れ、また歩き出す。


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