III.大地を駆け抜ける風



いのっちと別れてから数分。
また一本路地に入ると今度は川沿いの道。
緩やかな坂道を自転車が通りすぎる。
健君の時もだけど、路地一本入っただけで全然風景・雰囲気が違う。

チッ、チッ、チッ

また時計の秒針の音。
今度は誰だろうと周りを見回すが誰もいない。
偶然が三度も続くわけないかと諦めかけたその時、遠くから人の声が聞こえた。
足は自然とそちらへ向き、歩き出す。
声の出所は大きなグラウンド。
アマチュアのサッカーチームだろうか、
戦いは白熱した様子でボールは右へ左へ動く。
ボールが地面にバウンドし、高く跳ね上がる。
そのボールを一人の選手が上手くトラップし、フィールドを駆け上がる。
逆光で顔が見えなかったが、間違いない。

「剛君だ…」

いっきにゴールまでの距離を縮める。
ボールを狙ってくる相手のディフェンダーの足を簡単に飛び越え、後はキーパーとの1対1の対決。
剛君が思いっきり足を振り上げる。
キーパーは剛君の軸足のつま先を見て、ニヤリと笑った。
キーパーは剛君が左に蹴ると思っているんだろう。
「でも、剛君の方が一枚上やな…」
剛君の蹴ったボールは、キーパーが思っていた方向とは全く逆。
緩やかな弧を描き、ゴールの右隅に吸い込まれていった。
剛君はしてやったりと言った感じで、拍子抜けしているキーパーにニヤリと笑った。

ピッピー!

笛の音が鳴り響き、前半終了を伝えた。


ベンチに戻ると、チームの仲間にバシバシと叩かれ色々と声をかけられている。
そんな様子に満更でもないようで嬉しそうに笑う剛君。
点数は2-1。
このまま行けば勝てる。
「今日は剛が全部良いトコ取りだなー!」
「これはこれは、ハットトリックなんていっちゃうんじゃないの?」
仲間の茶化す様な声をどうどうと鎮めさせ、メンバーの顔ぶれを見回す。
剛君は八重歯を見せてニカっと笑い
「いっちゃう?」
と、この気軽さ。
この声に一際盛り上がる。
盛り上がりで士気も高まり後半スタート直前、ベンチに置いてあるスポーツ飲料水を手に取り
飲もうと空を仰ぎ見た時、目が合った。
ゆっくりと手にしたスポーツ飲料水をベンチに置く。
その間も目を離そうとしなかった。
鋭い目線にこっちも目線を外せず、二人の間に沈黙が流れる。
「剛ー後半スタートするぞ!」
沈黙を破ったのは剛君のチームの仲間。
“おう”と一言答えて、俺の方を一度も振り返らず、フィールドに戻った。
振り返らなかったのはもう剛君の頭がサッカーのことに切り替わった証拠。

後半スタートと同時に剛君に前半以上のマークがつく。
そこは味方のミッドフィルダーが他の仲間にパスを出し、相手を撹乱させ
その僅かな隙を剛君がフィールドを駆け抜ける。
剛君のチームのキーパーがセーブをしてくれているお陰で、
このまま2-1もしくは剛君のチームの方が更に追加点を入れて試合終了だと思っていたが、
事件は起きた。

ガンッ!

「あっ!!」
キーパーがルーズボールを取ろうとした時に相手のフォワードが突っ込んできて、
そのまま倒れ込むようになり、ゴールポストにぶつかり鈍い音が響く。
フィールドに緊張が走る。
試合が中断し、仲間が駆け寄る。
駆け寄った足の間から腕を押さえ蹲るキーパーの姿。
キーパーの隣の剛君が仲間の誰かに救急箱を持って来てもらい、手早く処置を施す。
遠く離れて見えない分、不安が募る。
程なくして、キーパーは大丈夫みたいで試合は再開。
でも、処置を施した剛君は浮かない顔でキーパーを見やった。
その剛君の浮かない顔の意味はすぐに分かった。
キーパーの様子がおかしい。
剛君もさっき以上に動いていて、陣形も守りに重点を置いたものになっていた。
しかし、ボールは着実にゴールに近づいていた。
剛君もカバーに走り出す。
でも、それよりも早く相手のフォワードがディフェンダーの守りの壁を越え、
キーパーとの1対1の対決にもつれ込んだ。
ボールは蹴られた。

バシンッ

見事正面でボールを捕らえ、ボールはキーパーの腕の中。
が、腕の負担に耐えきれずキーパーはそのまま倒れ込んでしまった。
すぐさま、剛君を含めチームのメンバーが駆け寄る。
キーパーは二・三人に付き添われベンチへ下がった。
メンバーの顔には落胆の色。
でも、その中で一人離れた場所で剛君だけ何か考え込んでいる。
「剛?」
ふと、仲間の一人が声をかけられ俯き加減だった顔を上げ仲間の声を無視して、

何を思ったか迷わず真っ直ぐこっちに向かってきた。

「俺は森田剛。」
「岡田…准一です」
有無を言わさない言い方に聞かれてもいないのに名乗っていた。
「サッカーの経験は?」
「遊び程度なら…」
“分かった”と言って引き下がるかと思ったら、突然腕をグイっと引っ張られ
そのままフィールドにいるチームの輪の中へ行き、
「キーパーはコイツにやってもらう」
開口一番にとんでもない事を言い出した。
驚いて剛君の顔を見るが、顔色一つ変えない。
「いいけど、大丈夫なのか?」
メンバーの一人が俺の顔を見て、剛君に尋ねた。
チラっと剛君を見ると、ニヤリと笑って
「おう、岡田はスゲーぞ。俺が保証する」
と、お得意の大ボラ吹いて自信ありげに答える。
こんなに分かりきった嘘だ。誰かが突っ込むと思ったら、
「剛がそういうならいいよ」
「・・・・」
誰一人突っ込まず、メンバーはフィールドに散らばっていく。
「出来るだけ、ボールはそっちに行かないようにするから安心しろ!」
俺を試合に引き込んだ本人はポンポンと肩を叩いてポジションについた。
(俺に選択の余地は無しですか…でも、それも今に始まったことじゃないか…)
ため息を一つついて、ゴール前のポジションにつき試合は再開。


剛君の言った通り、ボールはゴール前まで全然来なかった。
ロスタイムも後2分。
このまま終わると思ったその時、
剛君と同じく味方のフォワードの人がブロックされ、ボールが相手のディフェンダーに回り
ロングパスが相手のフォワードに通り、一気に攻め込んできた。
剛君はと言うと“げっ…やべ!”と小さく呟いたのが聞こえた。
(“やべ!”やないやろ、剛君!)
相手のフォワードがスルスルとディフェンダーを一人、二人と突破していく。
距離は急激に縮まり、ついに守りはキーパーの俺一人。
相手のゴールを狙う鋭い目線が突き刺さる。
でも、ここで怯えれば負けだ。
このまま入れられば、同点でPK戦になるかもしれない。
そうなったら勝算は無い。だから、負けられない
グッと真っ向からに睨み返す。
そして、“怯えるな!目を開きシュートコースを見極めろ!”と言い聞かす。
相手の目線の先。
軸足の足先の向き。
ボールが足に当たる位置。
(ここだ!)
膝を屈伸させ、跳ぶ。

バシンッ

ボールは見事予想どおりの左隅狙いのコースを通り、俺の手の中に入った。
蹴った方はもちろん味方でさえ、狐につままれた様な顔をしている。
時間は後30秒。
すぐさま、地面に足をつき思いっきり投げる。
狙いはもちろん前線にいる剛君。
「剛君っ!」
剛君は待ってましたとばかりにボールを受け取り走り出す。
ゴール目前再びキーパーとの1対1の対決。
軸足を思いっきり踏み出す。
キーパーも前に踏み出す。
振り子の原理で蹴られたボールは…

ポン

フワリと浮き、ちょうどキーパーの頭上を越えゴールに入った。

ピッピー!

ちょうど笛が鳴り響いた。
「良かったー…」
ヘトヘトとその場に座り込んで、試合終了。


「悪かったな。急にキーパーなんてやらせて」
帰り支度をしていた剛君が突然そう言ってきた。
「でも、あんな際どいコースを読み、更に止められるとは思ってなかったけどな」
「偶然ですよ偶然…」
軽い口調で言ったが反応が無いので剛君を見たら、
最初に目があった時と同じ、真剣な顔をしていた。
「でも、最初に目があった時コイツなら何か出来るって予感はあった。」
あの時の鋭い目はそんな事を感じていたんだ。
「そう言えば、ハットトリックしたからみんなにサッカーボールにメッセージ貰わなくていいんですか?」
どっかの本でハットトリックをした選手はいっしょにプレーしてた仲間からボールに
メッセージを貰ってそのボールはその選手へのプレゼント。という風景を見た事がある。
「あぁ、今回ボールを貰うのは俺じゃなくって…アイツ」
親指で後ろ差す先には腕を怪我したキーパー。
「アイツの息子が入院しててさ、今週の土曜に手術をするんだけど
息子もサッカー好きだから、その前にどうしても試合に勝ったボールをあげたいって言うからさ。
もう今日しか試合ある日無いからさ。どうしても今日勝ちたかったんだ…。」
ポリポリと頬をかきながら、言いづらそうに言った。

だから、キーパーが怪我した時に本当は止めたかったはずなのに、止めずにいたんだ。
その分、自分が動いてボールをゴールに近づけないようにして、
陣形も守りに重点を置いたものにして…。 言葉よりも行動で示したんだ。
(剛君らしいな…)

「おーい、岡田君」
呼ばれて振り向いた先には、あのキーパーさんがいた。
「腕は大丈夫ですか?」
「森田君がテーピングしてくれたから大丈夫だよ。それより…」
スッと差し出されたのはボール。
もう色々とメッセージが書き込まれていた。
その中に剛君のメッセージの“怪我なんかに負けんじゃねーぞ”も書かれてた。
「キミもボールにメッセージを書いて貰いたいんだ」
「僕が、ですか?」
“そう”と言ってニッコリと笑う優しい笑顔を浮かべる。
「キミのお陰で今日勝てたも同然だから」
「分かりました」

キュ、キュ、キュ…

渡されたサインペンでボールにメッセージを書き込む。
「できました」
書かれたメッセージを見て、それから剛君を見て少し微笑んだ。
「なるほどね…。ありがとう、岡田君」
「いえ」
「それじゃあ、僕は失礼するよ」
「あ、はい」
「ちゃんと病院行ってくださいよー」
「分かってるよ。それじゃあ」
遠ざかっていく背を見送った。
「お前…あのボールに何書いたんだ」
「・・・・秘密」
剛君は眉を顰めるが、散々振り回されたんだからこのぐらいの事ならいいだろう。
そして、花束から一本を抜き、剛君に差し出す。
「剛君、はいプレゼント」
今度は首を傾げた。
「おかしくね?」
「は?」
「いや、普通立場的に俺が岡田にお礼すべきだろ」
「あぁ…剛君には受け取ってもらいたいから」
何故だか、伸ばしかけた手をすぐさま引っ込める。
「まさか…コレって不幸の花とかそんなんじゃねぇよな…?」
恐がりな部分も変わりない。
ついつい笑いそうになったが、剛君の面子のためにも笑いを堪える。
「別にそんなんじゃないよ」
「・・・・じゃあ、貰っておく。ありがとう」
疑いの眼差しを花に向けながらも受け取る剛君の姿が凄く滑稽。

「それじゃあ、もう行くよ。ばいばい剛君」
「あ?あぁ、今日はありがとう。じゃーな岡田」
未だに疑いの眼差しを花に向ける剛君と別れ、また歩き出す。



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