II.空に響く歌声



健くんと別れてから数分。
いつの間にか、人の波に身を置いていた。
さっきまでの穏やかな空気はどこにも無い。
ふと、健くんの眩しいまでの笑顔を思いだし、
ピタリと立ち止まった。
健君のあの笑顔は本物だった。

だから思う、健君はV6としているより幸せなんじゃないかと。

チッ、チッ、チッ

また時計の秒針の音が聞こえた。
さっきもこの音が聞こえた後に健君と会えた。
でも、今回は周りを見回して捜すまでも無かった。
声が…、伸びやかで綺麗な声が聞こえたから目線をすぐにそちらに向けた。
目線の先には人垣が出来て、その中心の人物は…
「いのっち…」
変わらない笑顔でギターを片手に歌う姿は自分の知っている、いのっちそのもの。
でも…
彼もきっと違う。
彼も俺の知っている、いのっちじゃない

彼は俺の知らない井ノ原快彦だ。

俺はその場で立ちつくした。
離れることも近づく事も出来ず、ただ立ちつくした。
俺といのっちの間で住む世界が違う気がしたから進めなかった。
もしかするといのっちも健君と同じなんじゃないかと思うから尚更だった。


演奏が終わり、人の姿がまばらになった時、やっと俺の存在に気が付いた。
いや、もしかすると彼の事だからもっと早くに気付いていたかもしれない。
彼は帰り支度をする手を止めて、ジッと俺の方を見ている。
きっと怒っているに違いない。
自覚している程の冷めた目で見ていたんだ、少なくとも良い気分はしないはずだ。
でも、その目は不思議がっているような目でも嫌悪の目でも無い。

優しい目だった。

しまいかけていたギターを取り出し、目の前でまた弾き歌い始めた。
(あ、これ…)
暖かく真っ直ぐな詞。
いのっちが作った曲だとすぐに分かった。
いつもはいのっちが弾いている時は自分もギターを弾いていたから、
久しぶりにいのっちのギターを弾いて歌っている姿を見たから、しばし聞き惚れていた。


演奏が終わり、ギターの音が止まった。
まだ音の世界に浸っていたが我に返り、
思い出したように急いで拍手をするといのっちは苦笑した。
ギターを片手に立ち上がり歩み寄ってきた。
何か言わないと考えあぐねていたら、いのっちが先に声を掛けた。

「俺さ、雨男なんだよ」

何を言っているんだろうこの人は…と思い、一瞬、全ての思考がストップする。
いのっちにとってきっと俺は初対面の人。
そんな初対面の人にそんな事を言い出すような人だったかと
いのっちの人柄を思い出すが、どう考えてもそんな人では無い。
俺がグルグルと考えている間にいのっちが更に話を続ける。
「今日も俺の雨男の本領発揮か…」
ハァとため息をつき、がっくりと肩を落とし頭を垂れるが、空は晴れている。
「あの…でも雨なんて降ってませんよ?」
「降ってるよ」
はっきりと答えるいのっちに“どこに降ってるんですか?”と聞こうとした瞬間に
顔を上げ、右手で俺の瞳を差した。
「お前の瞳の中にね」
意表を突く行動に戸惑いながらも、差された右手の人差し指ごしに
いのっちの真剣な顔を見る。
「降り止まない冷たい雨に独りで打たれて、ずっと誰かを捜して道に迷っている…
そんな目してるんだよお前。自分で気付いていないだろ?」
ビクっと身体が反射的に動き、胸が高鳴った。
その表現はちょっとかっこつけてるけど、まさに当たっていた。
「その様子だと気が付いてなかったみたいだな」
コクンと一回だけ静かに頷き、俯いた。
感じが悪いと思われるかもしれない。でも、言葉が出なかった。
ばれているにも関わらず、やせ我慢して“違う”と言ったら、彼は“もっと素直になれよ!”と叱咤するだろうし
だからと言って、“はい、そうです”と言ったら、自分が弱くなっていく気がした。
「…名前なんて言うの?俺は井ノ原快彦。いのっちって呼んでよ」
そんなことよく知っているよと心の中で毒づいた。
「…岡田准一」
「じゃーあ…准ちゃんね!」
「岡田でいい」
いつもならなんとも思わないことでも突っかかってしまう。
心が狭い自分…。
いのっちは悪くないんだ。
謝ろうと思ってチラっと顔を上げて見ると、いのっちは頬を膨らませ“なんでダメなんだよー”怒っている姿。
その行動は20代後半の大の大人にはあまりにも似合わない行動でおかしかった。
「あ…」
「え?」
白く吐く息と一緒に出た小さな言葉に俺は首を傾げた。
「やっと笑ったな」
「…あ」
自分でも気付かない内に笑っていたみたいで、
いのっちは細い目を更に細くして満足そうに笑った。
「お前は笑っていた方が絶っ対良い!」
“俺が保証してやるよ!”と自慢げに胸を反らす姿に今度は小さくだけど声を出して笑った。
つられて、いのっちも照れくさそうに笑った。

そうだ、この笑顔だ…。
いつも人の領域でもズカズカ入ってきて、いつも騒がしいけど憎めなくって
素直に自分の想いを口に出して言えるいのっちが少し羨ましかった。
でも、口下手な俺の気持ちを感じ取るのが上手くって
いつもみんなを笑顔にして…カミセンのお兄ちゃん的存在だった。

「お前が誰を捜しているのか知らないけど、俺もいるからな」
「…おん」
「道に迷ったら戻ってこいよ。俺がメジルシになっているからすぐ分かるだろ?」
どうして、この人はこうも簡単に俺の今一番欲しい言葉を言ってくれるんだろ…。
「やっぱり、いのっちには勝てんわ…」
「え、何?」
「ううん、何でもない」
健君から貰った花束の一本を抜き取って差し出した。
「お、何!俺にプレゼント?」
「おん」
「嬉しいねー俺ストリートライブ始めてから初めて花もらっちゃたー」
「じゃあ、いのっちに花をあげたファン第一号やな」
いのっちは照れくさそうにガシガシと俺の頭を撫でてから、バシンと背中を叩き俺を送り出す。

「じゃあな岡田!会えるといいな!」
「じゃあね!いのっち」
嬉しそうに花を貰ういのっちと別れて俺はまた歩き出す。



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