Re-start


俺の名前は岡田准一。
今年の5月に大阪から家族の反対を押し切り、
小説家になるのを夢見て家出同然で上京してきた。

「ここ、どこや…」

そして、今東京駅で迷子。
荷物を詰め込められるだけ詰め込んだ大きな鞄を背負って、人混みに紛れて早2時間。
行けども行けどもふりだし戻り。
東京に来て知った事は、自分がここまで方向音痴だったのかということ。
東京に来て慣れたことは、背負っている鞄がぶつかって他人から顔を顰められ睨まれること。
グルグルと同じ場所を回っているということは理屈では分かっているが、
現実は人生と同じくそうも上手くいかない。

駅員は電車事故でもあったのか、さっきからあっちに行ったりこっちに行ったりとせわしない。
改札の所にいる駅員も溢れんばかりの人を必死で相手していて
元々人と話すのが得意では無い自分が、とてもじゃないがあの山の中に入って
“東口に出たいんですが、どっちに行ったらいいですか?”と聞く気にはなれない。

(大体、最初っから標識を頼りに行っているのに何で目的の場所まで着かんの?)

自分で迷ったクセに腹いせとばかりに電車事故で足止めを喰らっている人の波を逆流して歩き出す。
当然の如く背負った大きな鞄は人にぶつかって勝手に被害者を出して進んでいく。
目の前で人の波は割れて、その間を通っていく自分が
まるで十戒でモーゼが海を二つに割って通る所と似ていて少し優越感を感じた。
今度は標識を無視して行ったら迷う事も無く、無事に東口に着いた。

(アホらし…はよ行こ)

駅を振り返り溢れんばかりの人を見て心の中で悪態を付いてその場を離れた。




東京で暮らす事を前々から考えていた俺は、
東京に上京した友達に会いに行くついでに部屋を探していたら
すぐに割といい部屋が見つかってキープしておいてもらった

のだが…。

「なんやコレ…」
扉が閉まっていて、更にカーテンがかかっている。
カーテンの隙間から見える店内は真っ暗で奥まで見えないが人がいなさそうで…。
これだけで嫌な予感がして不安が過ぎる。
そして、嫌な予感ほど当たるのが人間だ。
「あの!誰かいませんかー」
ガンガンと扉を叩くが答えは返ってこない。
「すいませーん」
更にガンガン叩いても答えは返ってこない。
「すいま…」
「そこ、もう人いないよ」
三度目の正直で叩こうとしたら後ろから声がして振り返ると小さなビニール袋を持った男の人が一人。
「人がいないって…どういう事ですか?」
「一昨日ぐらいに潰れたんだよ」
怖々と聞いた俺にサラッと世間話の延長の様に答えたが、

俺はそれどころではなかった。

「一昨日潰れた!」
「そ、そうだけど…」
俺は男の人の腕に掴みかかってもう一度問いかけた。
「ホンマに!!」
「ちょっと、落ち着いて」
「今の話のホンマなん!」
その人は俺に掴まれたままだった腕を器用に動かし、
ビニール袋から何かを取り出したが、俺はそんな事にも気付かず更に捲し立てる。
「なぁ!聞いて…」
「落ち着けって言ってんだろ!」
怒声と共に無理矢理口の中に押し込まれたのはビニール袋から取り出した柏餅。
柏の葉が歯に当たってやっと現状を把握した。
「…っ」
「どう?落ち着いた」
男の人はさっきの声とは打って変わって優しい声。
答えるのも恥ずかしく、小さく頷いた。
「道ばたで食べてるのも行儀悪いから、向こうの公園で一緒に食べようか?」
恥ずかしさから顔を上げることも出来ずに、
ただ小さく頷いて柏餅を右手にその人の足を追っていった。


「はい、ここ座ってて」
程なくして着いた公園のベンチに俺を座らせてからどこかへ行ってしまった。
きっと…見ず知らずの人にあれだけ失礼なことをしたんだから警察にでも通報したんだ。
むしろ通報されて当然。
でも、逃げる気にもなれない。もうどうにでもなれ。
諦めと後悔が入り交じって涙が出そうだったその時に、頬に冷たい物が押し当てられた。
「!」
勢い良く顔を上げると、さっきの人が緑茶の缶を俺につき出して笑っていた。
「びっくりした?はいこれキミの」
俺に緑茶の缶を持たせて、俺の隣に座りビニール袋から柏餅を取り出し食べ始めた。
何も言わずに黙々と食べ続ける沈黙に耐えられなくなり声を掛けてみた。
「あの…」
「なに?」
「…えっと」
声を掛けてみたものの何を話して良いのか分からない。
「あ、そう言えばまだ自己紹介してなかったよね?長野博です。よろしく」
「岡田准一です…」
「よろしく、岡田君」
右手を出してきたので、ちょっと戸惑いながらも握手してから、俺の手に残っている柏餅を見て指さした。
「早く食べないと俺が食べちゃうよ」
そう言いながらも笑顔でビニール袋からもう一つ取り出して食べ始めた。


「で、岡田君はどうしたの?」
柏餅二つを胃袋に納め、緑茶を飲みながら長野さんが聞いてきた。
「俺…今日大阪から出てきたんですよ」
「うん、そうみたいだね」
ベンチの横に置いた俺の荷物を見て相づちを打つ長野さん。
「それで、3日前にあそこで良い部屋を見付けたんですよ」
「うん、それで」
「でも、手持ちがそんなになかったから取りあえず分割で半分払っておいたんですよ」
「それで来てみたら潰れてた」
「はい…」
「明らかに騙されたね」
「そう、ですね…」
緑茶の缶を握りしめて答えた。
「それじゃあ、ウチに来る?」
「…へ?」
事も無げに言った言葉に信じられず、
長野さんの顔を見ると柏餅に向けたあの笑顔を今度は俺に向けていた。
「ボロアパートだけど、部屋余ってるから来る?」
すぐさま“行きます”と答えようとしたが、
こんなに上手い話があっていいものなのだろか?と思う不信感のせいで、言葉が喉に引っかかった。
「もしかして、実は裏があるんじゃないかって思ってる?」
「そ、そんなこと思ってませんよ!」
思っていた事を言い当てられて、焦って弁解するがしっかりバレていたようで笑われ、
ひとしきり笑った後に、より一層優しい笑顔で話し出した。
「ウチのアパートにも一人、岡田君みたいに転がり込んで来たのが居てね。
だから、岡田君も一発で‘この子家が無いんだ’って気付いたの」
「そうなんですか…」
だから、あんなに親身になって聞いてくれたんだ。
「それで、どうする?取りあえずそこに住んでから今後の事を考えてみたら?」
長野さんの笑顔にさっきまでの不信感が無くなり喉で引っかかっていた言葉がすんなりと出た。
「そうします。長野さんお願いします」





公園から歩いて約3分。
駅から歩いて10分。
裏通りに面しているが近くにコンビニもあって立地条件は、ばっちり。
でも、これは…。
「ボロですね…」
「築30年の歴史だけあるボロアパートだから」
暗くてよく外観が見えないが、それでも暗闇の中で建つこのアパートの周りだけ
お化け屋敷の様な空気に包まれている。
寂れた看板がネジ一本で止まって風でユラユラ揺れて
時々、鉄柵にぶつかって大きな音を立てて結構怖い。
「あぁ…またコレ取れてるよ」
長野さんが慣れた手つきで看板に空いたねじ穴の中に通してある針金を鉄柵に巻き付け、
ちょっと乱暴に扉を開けた。
「どうぞ、岡田君。靴は脱いで持って入ってね」
「?」
「そうしないと同居人が勝手に履いて行っちゃうから」
立て付けの悪い扉の先には長い廊下が一本通っていて、
廊下の中程に右側に共同の台所、左側にトイレと風呂。
後は部屋が左に三つ右に二つ。
「元々は学生寮だったのを改造して今の形になったの」
確かに言われてみれば台所の近くには大きめなテーブルが置いてあり食堂になっていて、
入ってすぐの壁には伝言掲示板と書かれた大きな黒板が掛かっている。
「岡田くんの部屋はここね」
左側の三つ並んでいる真ん中の扉を開けて“どうぞ”と促され靴を部屋の隅に置いて入ってみた。
部屋の間取りは四畳だがトイレと風呂が付いていない分広く感じる。
「ここが今空いている部屋では一番マシだから少し埃っぽいけど我慢してね」
「あ、はい」
「それと布団は…」
「寝袋がありますから大丈夫です」
「用意がいいねー。今日はもう疲れたでしょ?明日家賃とかについて話すよ」
「はい」
「じゃあ、こっちが玄関の鍵でこっちが部屋の鍵ね。おやすみー」
シリンダー鍵を俺の手の中に落として部屋を出て行く長野さんの背中を見て思い出した。
「長野さん!」
「ん?何」
小首を傾げて振り向く長野さんの顔を見ながら言うのが恥ずかしい。
「えっと…もう一人の同居人って?」
耐えきれずに話を逸らしてしまった…。
「今日はバイトで帰ってこないから明日紹介するよ」
「あ、…はい」
このままでは会話が終わってしまう。
でも、これだけはちゃんと言わないと。
「長野さん!」
「はい、何?」
長野さんの声がさっきに比べて笑い声を含めた声で返事した。
「あの…ありがとうございます」
「どういたしまして、おやすみ岡田君」
今日一番の穏やかな笑顔につられるように笑顔で返事を返した。
「おやすみなさい」


これが俺の東京暮らしの始まりでした。



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