7月24日
この日は久しぶりのオフで家でジッとしているのがもったいないと思い
帽子を被って街に出てきた。
外はさっきまで雨が降っていて空気がどこか湿っていて、
そんな平日のスクランブル交差点で信号が赤から青に変わった時。
「なぁ…」
何の前触れも無く後ろから声を掛けられた。



ハロー ドリーマー



声を掛けられ反射的に振り向くと、
目の前には自分とそれ程身長の変わらない青年。
身につけている物から考えると…何ていうか少しワルな印象を受ける。
「…何ですか?」
信号が青から赤になって周りが動いている中で
俺と俺の目の前に居る青年だけが動いていないと自然と人の眼を集める。
はっきり言ってあんまり目立ちたくないのでさっさと動いてしまいたい。
そういう苛立ちを含めた口調で返したが、
青年は遠慮なんてお構いなしといった感じでジッと見つめてから口を開いた。
「ウチでバイトする気無い?」
「はぁ?」
「歩合制だから頑張れば給料かなりいくよ」
一瞬身を固くして我が耳を疑った。
俺は童顔だからか昔は時々いかがわしいバイトの勧誘をされていたが、
割とテレビに出させて貰う様になってからは、そんなバイト勧誘も無くなっていた。
しかし、目の前の青年は親指と人差し指で輪っかを作って八重歯を見せてニヤリと笑っている。
ここは自分の知名度がまだまだ低いと思うべきなのかそれとも目の前の青年がよほど世間知らずなのか…。
「俺そういうバイトやる気無いんで…」
「かてぇこと言うなよ」
「仕事ありますし、お金に困ってないんで」
「副業としてどう?」
こー言えばあー言って、あー言えばこー言って、まるでイタチごっこでしつこい。
「何度言われたってやりませんので、失礼します」
「あ、オイ!前…」

ドンッ!

言い切ってさっさとこの青年の前から消えてしまおうと青年の横を通り過ぎた所で、
大柄で顔のいかついヤクザのオッサンにぶつかってジロリと俺を見下した。
「何だ、テメェ。人にぶつかっといて挨拶もナシかよ!?」
「すいません…でした」
一方的に俺が悪いみたいな言われ方をされて頭にきたが、
それでも今後の自分の事を考えると背に腹は代えられない。
握った拳をポケットにしまい、か細い声ながらも頭を下げ謝った。
突然、ヤクザのオッサンの仲間の一人の声が頭の上から降ってきた。
「山さん、コイツあのアイドルの三宅健ですよ。ほら最近ドラマに出てる…」
こんなヤクザでもドラマ見てるんだとか偏見を持ちながらも
こんな路上で素性がバレてしまった事に背筋が凍る。
コレは確実に明日の雑誌のゴシップネタになるなと思っている間に
帽子をはたき落とされ、顎を掴まれて無理矢理上を向けさせられる。
近くで見れば見る程、いかつい顔のオッサンだ。
「確かにこの顔は見た事あるなー」
気の利いた言葉も出ず、オッサンの顔も見る事が出来ず目を背けた。
周りはやっぱりオッサン達の仲間に囲まれて、
その遠くでは通行人がこちらをチラチラ見ながらも避けて通っていた。

「あのーちょっとスイマセン」

そんな中、場違いなまでの呑気な声でオッサン達の仲間をかいくぐってきたさっきの青年が
ちょうどオッサンと俺の隣に立った。
「何だぁ?テメェは」
「あーっと、僕はコイツの…健の雇い主ーというかスカウトマンの森田です」
さっきまでの俺に対する態度と打って変わって腰の低い。
しかもバイトをやらないといったのにも関わらず勝手な事言ってるし…。
「スイマセンが…今から仕事があるんでコイツもう返してもらいますよ」
そう言うなり、俺の顎を掴んでいるオッサンの手首を掴んだ。
「うぎゃ!」
掴まれたオッサンは突然奇声を発して掴まれた手を振り払ってから、
自分の手首と青年の手を不思議そうに見比べた。
「オイ!テメェ山さんに何さらしとんじゃ!」
すぐさま周りに居た、これまた大柄のオッサンの仲間が青年に胸ぐらを掴み上げ
大柄のオッサンの仲間の右手に太陽に反射して鈍く光るナイフが見えた。
「危ない!」
俺の声に通行人の視線が集まり甲高い悲鳴が上がる。
しかし、青年は最初に俺に見せたアノ笑みで何かをした途端に
もの凄い力で吹き飛ばされ相手は尻餅をついた。
それでも青年がもの凄い力で吹き飛ばした素振りも無いし、
自分とそれ程身長の変わらない青年がそんな力を持っているとは考えづらい。
「オイ、ボーッとしてないで今の内に逃げるぞ。」
いつの間にか腕を掴まれて無理矢理立たされていた。
見ると残りのオッサン達の仲間も呆然としていて現状把握出来ていない状態。
逃げるには絶好のチャンス。
「早くしろよ!」
声に急かされて青年の後を追って逃げる様にその場から離れた。




「ここまで来れば大丈夫だろ」
かなりの距離を走って来たのに青年は息一つ切れていない。
さっきの事といい…不審な点が多すぎる。
「なぁ…」
「助けてもらった事は感謝しますが、バイトはやりません。失礼します」
さっきと同じように言い切ってから今度はちゃんと前を確認してから
横を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。
「まぁまぁ、ちょうど事務所は目の前なんだから冷たいお茶の一杯ぐらい出してやるよ」
「え?目の前って…」
振り返って目に入るのは予想していたものとはほど遠いどこにでもありそうな雑居ビルのみ。
つーか、俺が断る事を計算してここまで誘導してきたのか…。と考えると腹ただしい。
そんな事を考え、ずるずると引きずる青年を睨み付けているとこちらの視線に気付き
そんなのも計算の内だとでも言いたげにニヤリと笑った。
益々むかつく…。



雑居ビルの細い階段を上がり二階の看板もついていない扉を開いた。
部屋の中は机が三つ四つあって、正に会社のオフィスと変わらない風景。
今更ながら、いかがわしい関係の店ではないのだとと思わされた。
さっき“事務所”と言っていたが何の系統の事務所なんだろう…。
まず、経験から芸能関係の事務所ではないのは確かだ。
まさか…ヤクザの事務所ってことはないよな…。
「そこら辺に座ってて」
「あ…うん」
取りあえず近くにあった低いソファに腰掛けていると
外から階段を上る音が聞こえ、この扉の前で足音が止まり扉が開いた。
「ただいまー…」
部屋に入ってきた人は俺より確実に背が高く、見た目からして年上で
スーパー帰りなのか両手に激安が売りのスーパーの袋を両手に持ったまま
ただジーッと俺の事を凝視していた。
「え…っと、お邪魔しています」
沈黙なのが居心地が悪く小さく会釈をしたが、まったく動かない。
しかも、目が怖い。
これはヤクザの事務所って可能性が浮かんできたよ…。
「あの…」
「ウチでバイトする気無い?」
俺の心配を余所に突然そう言って動き出した。
…ここの事務所の人はみんなそう言ってバイトを集める気なのか?
「坂本君、何やってんの?」
奥の部屋から青年が麦茶とコーラを持って戻ってきて向かい側の席についた。
「剛が連れてきたのか?」
「そうに決まってんじゃん」
「やるなーお前」
青年の隣に座ってトントン拍子に二人だけで話が進んでいく。
「ちょっと待って!俺バイトするなんて一言も言ってないんだけど!」
このままではいけないと思って大声で立ち上がって言ったら机がガタンと揺れて
二人とも何事かと俺を見上げる。
「大体、突然“ウチでバイトする気無い”なんて言われて誰がそんな怪しげなバイトすると思ってんの?
それに白昼堂々ヤクザに絡まれて明日にはいいゴシップ記事だよ!
どうしてくれんの!慰謝料でも払ってくれるの!!」
「いや…お前金に困ってないんだろ」
「そういう問題じゃねーだろ」
「・・・・」
勢いよく捲し立てても効果ナシ。
これ以上話していても埒があかないとなると取る方法は一つ。
「もう帰ります」
「ちょっと待ちーや」
足早に入り口まで行ってから呼び止められた。
「一つ俺と賭けしねぇ?」
「賭け?」
身体を青年の方にむき直して聞き返した。
「お前が俺に慰謝料請求するにしたって、ぶつかった原因にはお前の不注意もある訳だから
俺から慰謝料請求するのは難しいよな?
だったら法廷なんてややこしいものを間に入れないでシンプルに
明日の雑誌や新聞で今日の事が記事になっていたらお前の望む金額をくれてやるよ。
その代わり記事になっていなかったらお前がここでバイトする」
どうだ?と付け加えて名刺を差し出した。
「いいよ、その賭けのってやるよ」
売り言葉に買い言葉。
ひったくる様に名刺を受け取って扉を開いた。
「それと、忘れ物」
頭の上に乗せられたのは、ヤクザのオッサンにはたき落とされて存在を忘れていた帽子。
「明日お待ちしてまーす」
余裕ぶっこいた口調で馬鹿にしやがって
明日絶対記事を探して慰謝料ふっかけてやると心に誓い扉を閉めた。







次の日
「…マジ」
今日発売の雑誌と新聞を買い込んでドラマの休憩中にくまなく探したが、
昨日の事に関する記事は無かった。
あれだけ派手にやっていたのに全く記事になっていないというのはおかしい。
もしかすると記事になっていないだけなのかもと思い、色々な人に聞いて回った。
でも、みんなから返ってきた答えは“そんな事知らない”との答えばかり。
一体何がどうなってるのかさっぱり分からないけど、
ふと頭の中に浮かんだ昨日あった二人の顔。
確か背の小さい方は森田と自分で名乗っていた、それから背の高い方は坂本と呼ばれていた。
間違いなくアノ二人が何かを知っている。
早く聞きに行きたいのは山々だが、こういう時に限ってドラマの撮影なんだよ…。

コンコン

「どうぞ」
床一杯に広げた雑誌や新聞を片づけて部屋に招き入れると
黒い手帳を片手に携えたマネージャーだった。
でも、表情が曇っていて明らかに様子がおかしい。
「どうかしたの?」
「今日の撮影が中止になった」
「何で?」
「予定していた機材が手違いで余所に行っちゃって今日中には届かないから撮影は無理だって」
棚からぼた餅ってこういう状況だよね。
「だから、今後の予定が…って三宅!」
「マネージャー、ゴメン!後で確認の電話を入れるから!」
マネージャーへの返事も程々に雑誌や新聞を鞄に押し込んで楽屋から飛び出し、走り出した。



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