キミを思ふ





朝起きてまず最初に感じたのは、眠気より身体のだるさと寒さ。
目覚まし時計に伸ばす手も重い。
(マズいなー…)
この症状には覚えがある。
これだから天才は困るんだと心の中で自分を皮肉った。
最近の気温の変化とドラマが始まったことでの不規則な生活が祟ったのだろう。
それにドラマのロケ地である横浜は海が隣接するだけあって浜風が肌を刺す。
それでも、昔ならこれぐらいでは風邪なんて引かなかった。
俺も坂本君のことを言える歳では無くなったという事か…。
「…っと」
両手を突っ張ってベットから身体を起こすその衝動だけで頭が揺れる。
自然と視界が涙で滲み目を開けているのも億劫になるが、今日もドラマの録りがある。
今の季節だともしかするとインフルエンザかも知れない。
アノ井ノ原君でさえインフルエンザにかかった前例がある。
可能性は大いにあるが、休むつもりは毛頭無かった。
自分が休んで撮影予定に穴を開けるのも嫌だけどそれ以上に自分のプライドが許さない。
風邪を引いている自分に負けたくないという負けず嫌い精神。
いつだったか岡田が、“俺の負けず嫌いは剛君譲り”と言っていた。
だから、尚更負けたくない。
俺は頭の痛さを振り払うように勢いよく飛び起きて洗面所へ向かった。









「おつかれさまでしたー」
やっと仕事を終えた時には日も暮れて辺りは暗いが、
体調は朝と変わらず、すこぶる悪い。
薬も飲んだが一向に効いている気配がしない。
その証拠にロケ現場で会ってすぐの東山君に何の脈絡も無く“大丈夫か?”と聞かれた。
ドキッとしたが、咳や喉が嗄れたり表だった風邪の症状は出ていないから大丈夫だと取り繕った。
それでも風邪の症状は深刻で、はっきり覚えているのはそこまででそれから先は覚えていない。
撮影の間の記憶もぽっかり抜けて、それでも最後にスタッフがいつもと同じ様に接している所から
俺ちゃんと演じてたんだーと他人事のように思った。


寒い浜風と冬の海で身も心も寒くなりそうだったので、早々に家に帰ろうと歩き出した先の暗がりに誰かがいる。
はっきりと相手の顔が見えないことから、一瞬身を堅くする。
暗がりの向こうの人の瞳がこちらを向き目が合う。
目が合った一人が隣の人の肩をトントンと叩き俺の方を指さした。
キョロキョロと周りを見回すが、俺を除いて誰一人いない。
(指さしているのは…俺?)
そうこう思っている内に向こうから近づいてきて、やっと顔が見え安心した。
「剛、お疲れー」
「…すいません一般の方は事務所を通して貰えませんか。」
「ちょっと!年越して俺の顔を忘れちゃったのー」
「年越す前から忘れてたけど」
「・・・」
「井ノ原、そんなトコで拗ねてるとスタッフさん達の邪魔になるよ」
来ていたのは、長野君と井ノ原君。
なんで来たのか気になるが今はそれより気になる物が一つ。
「長野君」
「何?」
「ソレどうしたの…」
「撮影見てる間お腹すいたし、寒くなっちゃったから肉まん」
グルメがグルメ探偵のドラマの見学ですか…。
「剛、これから用事は?」
「…別に無いけど」
「じゃあ〜」
ハイと言って自分の居たところから横にずれて真後ろに停めてある車のドアを開いた。
「どーぞ、どーぞ」
「どこ行くの?」
井ノ原君のウザい笑顔に良い思いをした試しが無い。
それに風邪を引いているから早く家に帰ってさっさと風邪を治したいのに。
「井ノ原」
車に乗るのを渋っているのに痺れを切らして長野君が短く井ノ原君の名前を呼ぶ。
「ラジャー!長野君。うらっ!」
「ちょっ!」
ビシッと敬礼ポーズを取って、俺を車の後部座席に押し込める。
すぐ後に、井ノ原君も続けて後部座席に乗ってきて退路が塞がれる。
反対側のドアから逃げようとしたが、押し込まれた反動で頭が揺れて視界が定まらず、
「長野君出発ー」
俺の拒否権無しで井ノ原君の脳天気な声と共に車は出発した。





「…どこ行くの?」
「それは着いてからのお楽しみ」
無理矢理押し込まれた挙げ句、行き先まで教えて貰えないこの状況。
「…誘拐じゃん」
「んまっ!快子ちゃんと博子ちゃんはそんな事してません!」
「・・・」
どうしてこの人は夜なのにこんなに元気なんだろう。
いや、夜だから元気なのか?
この際どちらでもいいが、静かにしてもらいたい。
しかし、井ノ原快彦という人間はうるさいと言えば言う程うるさくなる人だ。
約一名うるさいと言えば静かに出来そうな人はいるが、今は運転中。
「眠いの?剛」
「えっ?」
突然声を掛けられ、バックミラー越しに目が合う。
「何度も目を擦ってたからそう思ったんだけど…」
「あー…、うん。少し眠い」
確かに、何度も目を擦っていたけどそれは視界がぼやけているから。
でも、長野君は眠いと取ってくれたみたいだからそれに合わせる。
「じゃあ、膝枕してあげるよー」
「男に膝枕してもらっても嬉しく無い」
「快子ちゃんは女の子でしょ〜」
ポンポンと自分の太ももを叩いてアピールしている井ノ原君もとい快子ちゃん。
まだ女モードだったの。
「剛くぅーん」
「分かった!分かったから顔近づけるな!」
井ノ原君に根負けたことが癪だったから思いっきり太ももに頭を乗せた。
「お前!痛いよ」
「おやすみー」
井ノ原君の声を無視して目を瞑ると車の震動のリズムと疲労からすぐに眠りにつくことができた。












「・・・・ぉー、剛ー」
「…っ?」
起きて目に入ってきたのは、健の顔と蛍光灯と天井に立ち上る湯気。
「あ!起きた?おはよ」
「おぉ…はよ」
「坂本くーん!剛起きたよ」
「おー分かった」
近くには、所狭しと置かれた食材の数々と小皿などの食器類。
どう見ても自分の家では無い。
「ドコ…ここ?」
「坂本君の家」
答えはちょうど俺が座っているソファの真後ろから返ってきた。
「…お前そんな所で何してるの?」
「剛君にソファ占領されていたから…」
いや、答えになってねーだろと心の中で突っ込む。
「森田君起きたー」
「あ、起きてるね」
玄関に通じる扉が開き、ビニール袋を引っさげて長野君と井ノ原君が外から帰ってきたみたいだった。
「俺、長野君の車で寝てて…?」
「あんまりにぐっすり寝てたからココまで運んだんだよ」
「長野君!自分がやったみたいな言い方してるけど運んだの俺じゃん!」
「おー座れ、座れ出来たぞー」
「あ!おいしそー良い匂い」
「無視なの!?」
『井ノ原いじりより三度の飯』な長野君は坂本君の持っている鍋に釘付け状態。


…じゃなくって!


「ちょ、ちょい全員ストップ!!」
大きな声を出したつもりではなかったけど、室内に響き全員静かになり一斉に俺を見る。
「何で、坂本君の家に全員集まって鍋パーティーみたいな雰囲気になってんの?」
お互いの顔を見合わせ、ため息が漏れ坂本君が呆れながらも聞いてきた。
「お前、明日何日だよ」
見渡してもカレンダーが見つからなかったから、携帯を取り出し日付を確認する。
日付の下の方に新メール受信を知らせるアイコンが出ていていたので、
ついでに携帯を開いてメールを確認し、やっと気付いた。
「明日、俺の誕生日じゃん…」
「もう少しで今日になるけどな。明日はみんな仕事だから今日騒ごうということになったんだけど…」
ゴトッとテーブルに鍋を置き、話を続ける。
「東山君から電話があって“森田の調子がおかしい”って言うから長野と井ノ原に様子見に行って貰ったんだよ」
エプロン姿でお玉を振り回しているけど、声は真剣。
「そしたら、偵察班から風邪だって聞いたから一から作り直したんだよ」
「俺も手伝ったから、チョー疲れた!」
坂本君が急須から湯飲みにお茶を注ぐのを手伝いながら健も主張する。
思えば、酒では無くお茶なのも無類の酒好きである坂本君なりの配慮だろう。
「それで、急遽予定変更で少しでも早く風邪が治るように剛を看病しようの会になったってこと」
長野君がビニール袋から有無を言わさず俺のでこに冷えピタを貼りながら言ってきた。
「それが俺らの誕生日プレゼントの一つ。」
はい、と井ノ原君から渡されたのは俺がよく使っている市販の薬。
「…つーか、風邪移るよ」
すぐ風邪をひく人もいれば全然ひかない人もいるし、風邪ひいても気付かなそうな人も居る個性豊かなV6。
「移っても平気やない?」
ずっと黙っていた風邪ひいても気付かなそうな人こと岡田が口を開いた。
「何でだよ…」


「移っても五等分だったら大丈夫じゃない?」
「「「「「・・・・」」」」」


サラリとかっこいいんだが天然なんだが分からない微妙な事言いやがって…。
「とりあえず、食べようよー!」
「そうだね」
沈黙を破った健の言葉に長野君が素早く動き小皿や箸などを配置して鍋の蓋を開ける。
「剛、食べられなかったらお粥もあるからな」
「だったら…」
せっかく作ってくれたんならそっちを食べると言おうとしたときに長野君が口を挟んだ。
「お粥は無理して食べなくても俺が食べるから安心していいよ。」
なんかどっかで似た様な台詞を聞いた気がするんだけど…。
「お前なぁ…。でも、お粥はタッパーとかに入れて持って帰って温め直せばいいし」
「じゃあ、そうする」
持って帰ると言ってもそんなに食欲の湧かないから結局は長野君の口にも入るハズ。
「健!飛んでる熱っ!」
「あ、ごっめーん」
そんな話をしていた隣では井ノ原君と健が水遊びならぬダシ遊び。
「剛君」
「あ?」
白菜を口に入れようとした所に岡田から呼ばれてその状態で止まる。
「誕生日おめでとう」
見たら、時計はぴったり12時を指している。こういう事にはずぼらな岡田にしては珍しく律儀。
「あーーーーっ!」
突然、隣の健が甲高い声を出して立ち上がる。
みんな何事かと健を見るが健の目線の先は俺の隣の岡田。
「岡田に先越されたーーー!」
みんな何だよとばかりに食べることに熱中するが、
「岡田のくせにー!」
健の甲高い声がそれを遮る。
「気付いた時には、12時やったから」
「このデコパ!」
「健、近所迷惑になるから…」
怒る健とそれを諌める坂本君とオロオロしている岡田。
「どうでもいいけど、長野君が全部食べちゃうよー」
「ついでに剛のお粥もね」
「アンタ…文字通り全部食べるつもりかよ」
事の成り行きを笑いながら眺めている井ノ原君と黙々と食べ続ける長野君。

あぁ…なんだ。
俺って自分が思っている以上に愛されているんだ。
豆腐を食べながらなんとなくそう思った。





                           END






あとがき
今回はホント遅くなってすいません。(汗)
最初はパラレルで前回の岡田君の時のように3,4話になるのをやろうかと思ったら、
去年の12月の最初からからずーーーっと書いてなかった私にとっては無謀な話でした…。
(岡田君の時にも同じ様なこと言って、進歩と学習能力の無いヤツです。)
急遽路線を切り替え、そういえば王道の風邪っぴき話書いてないなーと思って挑戦。
ホントはもっと長かったのですがくどかったので、こっちもカット!あっちもカット!でこうなりました。
でも、時には「無理するな」の言葉よりも何も言わずに背中を押すことの方が大事。
と言うことを伝えられるように頑張ったー…つもりデス。はい。(はい。と言っている時点でウソ丸出しだなー)

最後に、
剛君誕生日おめでとう!!!
                          2006/3/2(Tue)






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